海の正倉院

2017/11/21

天照大神と素戔嗚尊の誓約より産まれ

素戔嗚尊の娘とされた

宗像三女神をそれぞれ

沖津宮 : 田心姫神
中津宮 : 湍津姫神
辺津宮 : 市杵島姫神

に奉る神社

 

これ(↑)は神話の話だが、

魏志倭人伝にはこの周辺に奴国があったとのこと

「漢委奴國王」で知られる金印を授与された奴国である

 

また魏志倭人伝には、人々の様子を「皆黥面文身」と記しており

つまりは、カラダに入れ墨を入れているとのこと

これは、宗像=胸形と通ずる所もあると言えるのでないか

これの入れ墨は、海人族が行うもので

素潜り漁では、ウミヘビ避けなどの意味もあると言われている

 

おそらくはこの頃から、原始の宗像大社は存在していると考えられる

 

この「みあれ祭」の原型も古代からあったのであろう

そう考えると現在は漁船で行っているが

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/9/96/Osaka_Maritime_Museum_Namihaya.jpg

このような古代船、行われていた可能性もある

 

世界遺産に登録された際には、このような復元船で勇壮な姿を見てみたいものだ